秋海棠随想

 今年も、庭のあちこちに秋海棠が咲いている。この花をみると、旧制高校の恩師久野先生夫人を思い出す。先生のお宅の縁先で床下にほんのり紅の可憐な花に気ずいた。「それ秋海棠の花よ」と教えられた。庭を見渡すと、日陰のあちらこちらにひっそりと咲いている。あまり花に関心のないタチだったが、この花に好ましい記憶が残った。
 歳時記を披くと、沢山の例句が載っているが、一様にひっそりした句ばかりだ。ところが、芭蕉の句は「秋海棠 西瓜の色に 咲きにけり」とあって、ちとはぐらかされた感じがする。花言葉は「片思い」、これは葉っぱのハート型の片方が小さいことに由来するそうだ。なんか奥行きのない話で興が冷める。
 今年も、何人かの知己をあの世に送った。秋海棠を眺めていて、散々お世話になった久野先生ご夫妻の思い出に暫し浸ったのである。                                            おぼろげに 亡き人過ぎる 秋の夢